自分がズボラミニマリストだと思い至った話

投稿日:2018/11/17 更新日:

今一度似て異なる「断捨離」や「ミニマリスト」などについて考察してみた結果、自称ミニマリストと言い続けてますが実態はズボラミニマリストだと思い至った話。面倒くさがりが転じて物を持ちたくなくなった話。

きっかけはSNSハッシュタグ

久しぶりにInstagramをやりはじめて、画像検索ツールとして興味のあるハッシュタグを片っ端から見て回っていました。人気の投稿だと綺麗ですよね。ただなんとなく自分の解釈と全く違う画像も飛び込んでくることに。まあ自由にハッシュタグ付けれるからね、イイネ目的に多用してたり関係なくても付けてたりするからね。

そんなことでちょっとハッシュタグ内容に疑問を持つようになり今一度自分の中で解釈について整理してみることにしました。

「断捨離」について思うこと

今の私のライフスタイルの第一歩となった考え方の一つが「断捨離」です。

しかし既に余計なものを断ち要らないものを捨てることは実践出来ているので、今更強く断捨離精神にとらわれる必要がなくなりました。「断捨離」にとらわれなくなること自体が「離」であるとも考えています。例えば以前はブログで捨てた物をカウントする事に意識を燃やしてたけどそれこそが「執着」であると考えるようになりカウントする事は意味のないこと、とやめました。

また、断捨離精神はインドのヨガから来ていますが、日本では「断捨離」と言うこの言葉は商標登録されているんですよね。個人で使用する分には問題ないけれど商標登録されてる言葉を使い続けるのもなんだかな〜と、使いたくない言葉になり、現在は「ミニマム化」を「断捨離」の代用語として使うようになってます。

「ミニマリズム・ミニマリスト」について思うこと

完全な定義が存在しない、ストイックレベルから「これが?」と疑問視レベルまで、ピンからキリまで幅広い解釈がある精神です。

個人的には「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」の著者佐々木典士さんの様なスタイルが正統派ミニマリストだと思ってます。ただストイックレベルなので私には到底真似できませんけどね。

理想は「わたしのウチには、なんにもない。 」著者のゆるりまいさん。物を持ちたくないと考えるようになり実践するきっかけとなった方の一人です。

ただゆるりまいさんのお宅も本当に物がなくてあのレベルまで整頓するのは難しいかなと思ってます。あくまで理想です、理想。

見せる(魅せる)ことを目的としたミニマリズムもあるように感じます。今回記事にするきっかけにもなった部分です。あれね、SNSハッシュタグ系ね、全てではないけれど。私も時々利用してるけど「まあ自己申告制、自己満足部分もあるから」と、本来の目的から拡大解釈されてるミニマリズムは私好みではないので参考にはしていません。

「シンプルライフ」について思うこと

ミニマリストの生活風景(ミニマムライフ)と違いシンプルライフは、物が多くてもOKな精神です。これも定義の幅が広く、解釈がミニマリストよりゆるい感覚に思います。

個人的には「物が多い」というのは、目に飛び込んでくる情報量そのものだと考えています。私の物を持ちたくないと言う想いは、視界に情報量をたくさん置いておきたくない、という事。シンプルライフの場合整頓されてても目に飛び込んでくる情報量が多い場合があり、そういう時は頭の中がごちゃごちゃしてしまって視界に入れるのがしんどくなっちゃいます。

ただ実際問題私はシンプルライフを営んでいるとは思います。ストイックに物を持たない生活は理想が高すぎるので、隠す収納で視界の情報量を減らす努力をしています。

「ていねいな暮らし」について思うこと

シンプルライフやミニマムライフと同義語かと思って実践しようとしたら全然違ってたと気づいたライフスタイル。面倒臭がりな私とは無縁のスタイルでした。

断捨離やミニマリズムの先にある心も時間も余裕が出来て、その出来上がった余裕を手間をかけて過ごすってのが、ていねいな暮らしだと考えています。

より楽に・より簡単に・より作業ステップを減らすことを目的にしてる私には無理だわ(笑)。

私はズボラミニマリスト

目に飛び込んでくる情報量が多いと面倒くさがって嫌になるため物に執着せず手放してスッキリしてしまいたくなり、断捨離やミニマリズムを取り入れるようになりました。ミニマリズムの先にあるゆとりや自由が欲しいと言うより、根底にあるのが面倒くさいという事なので、私自身はズボラミニマリストだなあと思い至っています。

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「ていねいな暮らし」ではなく「楽に暮らす」が私の理想形だったと気付いた話

キーワードは「時短」です。

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