大坂城跡の発掘調査現場を見学してきました

投稿日:2016/02/06 更新日:

豊臣期大坂城「詰ノ丸」石垣や大坂ノ陣で被災した当時の焼土層の発掘現場を見学してきました。

今年の大河ドラマ「真田丸」好調のようですね。私も楽しく見てます。
真田丸にあやかって、大阪城も真田一族仕様になってますし、今回大坂の陣の焦土層も見れるということで、早速見学してきました。

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今年度の発掘調査 特別史跡大坂城跡の本丸に位置する金蔵東側のエリアでは、平成25年度から豊臣石垣公開プロジェクトに伴う発掘調査を行っています。今年度の調査では昨年8月に開始し、昨年までに寛政5(1793)年の絵図に描かれた金蔵の区画を囲む南北堀の控柱の柱穴や、雁木際では徳川期の石垣普請の盛土などが新たに発掘されました。

豊臣期大阪城詰ノ丸を発掘 今回の調査区では、大手前配水池南辺の法面下を発掘し、1984(昭和59)年に発掘された豊臣期大阪城の詰ノ丸東南隅の石垣上部を再発掘するとともに、さらに北側を掘り進めて隅櫓があったと推定される範囲の地表面や北に続く東面石垣の延長部を確認しました。隅櫓の場所の南北幅は約7.2mで、地表面は大坂ノ陣の際に焼けた瓦や土が穴に捨てられたり整地されており、ここに櫓などの建物があったことを裏付けています。

徳川期の砂利敷き通路を確認 調査区の東部では昨年度発見された砂利や瓦片を敷いて舗装された幅2.1mの通路の北延長部分が確認され、まっすぐ北西方向に40m以上延びることがわかりました。また、通路の下にはそれ以前に大量の瓦を捨てた穴も見つかり、通路のつける前はゴミが捨てられるような空閑地だったようです。

__________大坂城跡発掘調査(OS-15-4次)現地公開資料

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