旧大阪市立博物館(旧第四師団司令部庁舎)特別公開を見に行って来ました

投稿日:2011/11/18 更新日:

11月15日から20日の間、5年振りに天守閣前本丸広場横の旧大阪市立博物館が特別公開されているので見に行って来ました。

大阪城天守閣復興80周年祭のイベントの1つとして今回5年振りに特別公開されました。いつも天守閣に向かう時右横手にあるなぁっと思いつつ素通りしていたのですが、今回は特別内部公開と言うことで珍しく外観の写真もたくさん撮ってきました。平成13年まで中に入れてたけれど、行ったことなかったと思う・・・。とにかく内装の西洋式の装飾に目が奪われました。こんなきめ細かな装飾は今では造らないだろうな・・・。来賓室には大阪城天守閣復興の様子を写した写真パネルがたくさん飾られていました。

旧大阪市立博物館(旧第四師団司令部庁舎)

大阪城天守閣に隣接して、いかめしい姿を見せる茶褐色の建物。これが第四師団司令部庁舎です。司令部庁舎が竣工したのは昭和6年(1931)3月で、この年の11月には天守閣も復興されました。
当時、大坂城内には第四師団が置かれていたため、天守閣復興にあたっては、大阪市と第四師団などが協議を重ね、司令部庁舎を建設し、かわりに天守閣復興と大阪城の一部を公園として整備することになったのです。
昭和6年、総額150万円をもって天守閣と師団司令部の2つの建築は無事竣工を迎えました。司令部庁舎は、同師団経理部の設計、清水組(現・清水建設)の施工で工費は80万円でした。現実した司令部庁舎は鉄筋コンクリート造地下1階地上3階の堅牢な建物で延床面積も広く、内外ともに様式建設の細部装飾・調度を備えた大変凝った建物でした。
現実した師団司令部のデザインについては、賛否がありました。第四師団は、西洋の古城の様式をもとに設計し、細部意匠で「東西相通ずる城郭気分を出」すことで大阪城の環境を害さぬようにしたといいます。しかし、建築の専門家などからは、日本の古城建築に囲まれて西洋の城郭は似つかわしくないのではないかと疑問の声が上がりました。
外観の特徴は、中央に塔屋を配した左右対称の姿です。
司令部庁舎は戦後約3年間進駐軍に接収され、解除後は大阪市警視庁や大阪府警が庁舎として利用しました。その後、昭和35年(1960)12月から大阪市立博物館として使われ、師団司令部時代の貴賓室は、日本万国博覧会のタイムカプセルを展示する部屋になりました。平成13年(2001)年に閉館するまでの40年もの間、この建物は博物館として利用されました。
___大阪市ゆとりとみどり振興局

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